宇宙開発を仕事にするには?

※これは溶けかけてるうさぎさん主催「航空宇宙アドベントカレンダー2019」企画の12/23用の記事です。
https://adventar.org/calendars/4086

はじめに

僕はその業界で働いたことがないので、「宇宙開発を仕事にするにはどうしたらいいか」というふわっとした疑問に対する答えを、僕は知りません。また、働いたことがあったとしてもその問いに過不足なく答えることは難しいと思います。一口に宇宙といっても様々な領域があるし、一人一人の能力もやりたいことも同じではない。ただ、僕もこの命題に対して少しは調べてきたし、研究や就活などしてきて少しは見えてきたこともあるので、迷いのある中高大学生ぐらいには、多少の参考になればなと、記事を書いています。とにかく、「敷居が高い」とだけは感じてほしくない。

具体的には、夏にインターンに参加させてもらったS社と、共同研究でお世話になっているI 社(’北の飛翔体’といえばあそこ)を紹介します。この2社はある意味宇宙業界の中で対極にあるので、何かのヒントになるかもしれない。

※どちらかというと宇宙は好きだけどだから何だという人向けなので、僕と同じ専攻の人は自分で調べるかみんなD進すればいいと思います(てきとう)。

Japanese Traditional 宇宙開発

打ち上げるものと打ち上げられるもの

日本は宇宙開発に関わる機会に恵まれている国だ。 自国で人工衛星保有している国は(共同開発もあるので正確な数字はわからないが)50カ国以上あるけれど、自前でロケットを持ち人工衛星を打ち上げる能力を持つ国は10カ国しかない(地図のオレンジ国だけ)。これは衛星の開発から打ち上げ・運用まで他国に依存せず行うことができるため、当然関わる人間の数が多くなる。衛星とロケットの他にも、ISSの実験棟(”きぼう”)や補給機(”こうのとり”)といった有人宇宙技術、「はやぶさ」「あかつき」などの惑星探査機といった実績がある(これは当然先人たちが人生をかけてやってきてくれたからだと思います)。これはあくまで僕の意見だが、国内のどこかに一通りの技術が揃っていることがとてつもないアドバンテージだと思う。

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人工衛星保有国と打ち上げ能力[1]

国家予算の話

国の宇宙機関の予算規模について。JAXAのカウンターパートとしてはアメリカ航空宇宙局NASA欧州宇宙機関ESAがあるが、その予算規模を示したのが次の棒グラフだ(ちょっと古い)。

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宇宙機関の予算の推移[2]

ESAの予算はJAXAの2.5倍、NASAは10倍。そんなんで太刀打ちできるわけないだろ!と思ってしまいそうだが、(圧倒的なNASAは置いておいて)そもそもESA欧州宇宙機関」は22カ国の連合であるため、各国が宇宙活動に参加できるパイや主導権は供出予算や技術に応じて配分される。もちろんフランスやドイツといった大国は食い入る領域が大きくなるが、規模の小さい国や技術のない国は必然的に機会が少なくなる。それでも参加できるメリットが大きいため、ESAの存在価値がある(と思う)。そもそも世界の多くの国はJAXAのような大規模な宇宙機関を持たないため、米中露を除けば日本は一国としてはトップクラスの予算規模を持っているといえる。

※厳密にはJAXA予算=国の宇宙予算ではない。JAXA文科省経産省総務省そして内閣府のもとのプロジェクトの予算の総額なので、内閣官房防衛省など他省庁の予算を含めると平成30年度の補正予算案は3597億円。[3][平成30年度補正予算案及び平成31位年度当初予算案における宇宙関係予算について]

内閣府資料[4]「各国宇宙政策等一覧表(平成26年)」によると、韓国は約300億円、ブラジルは10年間で約2600億円、アルジェリアは5年間で約850億円、インドネシアは約44億円。

ESAEUの内部組織ではないため、スイスも参加しているし、きっとイギリスも残留し続けるだろう

※フランスにはCNES, ドイツにはDLRといった宇宙機関があり、ESA管轄のプロジェクトと各国独自プロジェクトがある。フランス(CNES+ESA)、ドイツ(DLR+ESA)の宇宙予算は日本より少し多い程度(いくつか資料は見つかったものの、あんま自信ないです)。

縁の下の力持ち

今年の6月に、とある学会のグループワークで、ISSの管制をしている方と出会った。彼女はJAXAから委託を受けている民間企業(S 社)の社員で、普段はつくば宇宙センターに勤めているという。僕は恥ずかしながらその会社を知らなかったのと、その方はとても聡明でかつ明確な意思を持ってISS管制を志しているのがわかったので、その会社のことが気になってしまった。というわけで今年の夏のインターンに参加させていただいた。

S社の本社は東京都中野で、社員数748人(会社Webサイトより)。拠点は中野本社の他には筑波、相模原、種子島、鎌倉などJAXAの拠点があるところに構えている。S社の業務は大きく以下の4つに分かれる

  • ロケット打ち上げ支援
    →射場設備のシステムメンテナンスや、指令破壊の管理等
  • 衛星および探査機の管制
    →「ひまわり」「みちびき」などの管制、デブリ回避制御等
  • ISS(きぼう)管制
    →日本実験棟での実験運用、宇宙飛行士の訓練等
  • 情報通信
    →衛星との通信システムの開発・運用

ロケット、衛星、ISSの管制の業務は基本的にJAXAの管制室で仕事をしている。全体的にシステム面での開発・運用が多く、ハードウェア的な業務は少ない。また、実際に手を動かしてソフトを開発するというよりは、既存のものを活用して的確に運用するという仕事の比重が大きいので、エンジニアリングの知識がすこぶる必要というわけではなかった。むしろ、宇宙や機械とは関係ないことを大学ではやったけど、入社してから学びましたという社員さんもたくさんいる印象だった。「宇宙に100%関われる」というポイントを魅力に感じて入社したという話をよく聞いた。

僕の参加した回のインターン生は30人ほどで、学部3年と修士1年が4:6ぐらいの割合だった。男女比は6:4ぐらいだった気がする。社員さんも女性多い。びっくりしたのは、みんな自己紹介の時の宇宙への情熱がすごくて、「ああ、こういう人たちって本当にいるんだな」という感動を覚えた。嬉しかった。

僕がS社の特徴だと思うのは、ほとんどの業務の「顧客」がJAXAであること。民間企業でありながら国の宇宙開発業務が大部分を占める。こういった企業は他にも、有人システムを一手に担うJ 社(本社大手町)、ロケットの打ち上げ設備はじめハードウェア的支援をするC社(本社岩本町)、実験技術などを提供するJ財団(本部仙台市)など、実は思ったよりある。

確かに中心になっているのはJAXAだが、こういった「縁の下の力持ち」な会社や組織によっても、国の宇宙開発は支えられていたりする。

リアルロケット団

僕は現在、大学で液体ロケットエンジンの燃焼現象というテーマで研究をさせてもらっているが、この研究は「インターステラテクノロジズ株式会社(以下、IST)」様によって支えられている。ご存知の方も多いと思うが、投資家の堀江貴文さんが(共同)創設者であり、稲川貴大社長をリーダーとする純民間ロケットカンパニーだ。IST はもともと「なつのロケット団」という組織から出発しており、そのロケット団はさらに別の人の小型ロケット構想から出発している…などの経緯があるけれど、僕は断片的にしか知らないので墓穴を掘らないようにやめておきます。

IST の本社は北海道大樹町。十勝地方にある東京23区よりちょっと大きいぐらいの街。最寄りの空港はとかち帯広空港で、本社まで車で30分の距離にある。東京からは羽田経由で2時間強で着くため、体感としては東京→大阪より大樹町の方がちょっと近い

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大樹町の位置(札幌〜帯広はだいたい名古屋〜大阪と思えばいい[5]

十勝、特に大樹町はとにかく広い。飛行機で窓から景色を眺めると、トウモロコシ畑と牧場しか目に入らないのでいわゆる「日本の田舎」とは違う光景だ。人口は5000人で、合計2794戸の東京・勝どきのタワマン「THE TOKYO TOWERS」に大樹町民が余裕で収まってしまう。まあそれぐらい、土地に余裕がある。

IST社は、「誰もが気軽に宇宙を目指せる未来をつくる」理念のもと、ボトムアップで0からロケットの開発をしている。本社オフィスの隣に製造工場があり、そこから車で10分の海辺に「ロケットエンジン実験場」と「射場」がある。自社で設計したものをすぐ製造し、そしてすぐテストし検証するというサイクルを持っているのが開発における強みになっている。

この会社のロケットのラインナップは2つ。一つは観測ロケット「MOMO」。観測ロケットとは、周回軌道には入らない代わりに、高空の大気のデータを取得したり、自由落下してくる時に無重力(正確には微小重力という)状態をつくれるので、実験をしたりできる。JAXA宇宙研ではS-520という固体燃料ロケットが活躍しているが、MOMOは液体燃料(エタノール)を使うことで、扱いやすく安価なエンジン開発が可能になっている。MOMOは2019年5月の3号機の時に、初めて完璧な成功を収め、高度100kmに到達した。


ホリエモンロケットついに宇宙へ【民間単独で国内初】

※MOMOエンジンはヘリウムによる押しガス式サイクルであり、燃焼室にはアポロ計画でも採用された「ピントル型噴射器」を搭載している。ロケット全体の質量は1トン、打ち上げ費用は数千万円オーダーと言われている。

もう一つのロケットは絶賛開発中の軌道投入機「ZERO」。これは数100kg程度の小型衛星を低軌道(高度数100km)に投入するためのロケットで、MOMOとは桁違いの推力が必要だ。初打ち上げは2023年の予定で、詳細設計と試験が続いている。


衛星用ロケット、2023年に 北海道の宇宙ベンチャー

IST の特徴は、ほぼ全て自社開発であること以外に、「みんなで」作り上げるというスタンスに立っていることだと思う。資金のことはわからないが、IST のファンクラブは地元の人がたくさん加入しているし、打ち上げごとに行われるクラウドファンディングは大盛況。本社が北海道の端っこ(諸説あり)にあるにもかかわらず、関東・関西など全国の学生がひっきりなしに見学やインターンで往来している。JAXAは共創事業の枠組みでIST と提携していて、技術をはじめ様々な機関から支援を受けている。稲川さんはじめ、みんなでロケットを飛ばすんだ、という意識が確かに会社の中にあるし、たくさんの人を惹きつける力がある。クラウドファンディングの数百個の返礼品を、社員の手で一つ一つ梱包しているのを見たときは本当に恐れ入りました。

社員数は(今は少しずつ増えているそうだが)20人強で、機械系・電気系・航空宇宙系の高専卒・学士・修士・博士など、エンジニアのバックグラウンドはバラエティに富む。特に目立つのが、学生時代に「某人間コンテスト」や「モデルロケット」に従事していた人たちで、エンジニアリングが本当に好きでやっている人が多い印象がある(僕も人力飛行機を2年ほど作ってたこともありとても話が楽しい)。

少しでも興味を持ってくれた人は、理系でも文系でも、とにかく、(部外者の僕がいうのも変だけど)今月末29日から打ち上げウインドウがある「MOMO5号機」の打ち上げを中継で見てほしい。きっと前より宇宙を、技術を身近に感じられるようになると思う。

J機構とアカデミアの話

何十回も話に出てきたJAXAについては、僕は実は秋にインターンに参加させていただき、色々勉強させていただいたけれど、なにぶん規模が大きく僕が正確に語るのは難しいのでやめておきます。

また大学などのアカデミアで宇宙関係のことをやる、という道もあると思いますし、そういう道を選んだ友人も複数知っています。ただ、これもまた大学院生の端くれである僕の思考・知識レベルでは語るに及ばないです。先輩や先生に聞いてください。ただ、この業界で自分に専門を持って一生やっていきたいという人は博士号を取ることが推奨されている気がします。要は本人の信念次第なのかね…

おわりに

ブログ記事を書くのになれていないので、多少取り止めのなさがあったと思います。僕は現実世界でもオーバーインフォメーションでしゃべる癖があるので、うまい書き方・喋り方の人を見習いたいなあ。 とにかく、宇宙を志したいと思うなら、それをもっと口に出すといいんじゃないかな。たとえ道楽者だと思われても僕はいいと思います。まあ僕もいつまで夢見てられるかわかりませんが。

参考文献

[1]内閣府資料「世界の宇宙システムの保有状況」
[2]内閣府資料「米国・欧州宇宙機関との予算規模比較」
[3]内閣府資料「平成30年度補正予算案及び平成31位年度当初予算案における宇宙関係予算について」
[4]内閣府資料「各国宇宙政策等一覧表(平成26年)」
[5]Google Map